日本庭園の様式は、築山泉水庭(池泉庭園)、枯山水庭園、茶庭(露地)の3つに分類される。
推古天皇28年(620年)頃、蘇我馬子が飛鳥川畔に作った「島」が日本庭園の最も古い記録で、その流れを受けたと思われる草壁王子の住居「島の宮」は中島、橋、池汀、荒磯を配置した自然風景を描写したものとされるが、奈良時代に入り平城宮の東院の庭園は海景、流水など、水辺の景色を石を使って描写したものであった。
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平安時代、神泉苑や洛外の離宮など池が広大になるが、ここまで水を含む自然の景色を描写する地割りを基本として、日本の庭園の様式は形作られた。作庭の技術者は僧侶で、平安時代末期には「石立僧」と呼ばれた。
この日本の庭園の伝統の上に禅宗がその寺院の伽藍配置のなかに後庭を作庭するとき、禅宗思想、大陸から渡来した思想、芸術、文化を多く取り入れた。
また、水利のよくない都市地域に寺院が造成されるとき作庭は集約化されたものとなり、特徴的な様式が発達した。こうして日本の造園の根本である風景の理想化がもっとも先鋭表現されて生まれたのが、庭園の様式「枯山水」である。