連合国軍最高司令官総司令部は、ポツダム宣言の執行のために日本に設置された連合国の機関である。1945年(昭和20年)8月14日、アメリカ太平洋陸軍総司令官のダグラス・マッカーサー元帥が連合国軍最高司令官に就任し、同年10月2日、総司令部が東京に設置された。1951年(昭和26年)4月11日、マッカーサーがトルーマン米大統領に解任された後、マシュー・リッジウェイ中将(就任直後に大将に昇進)が最高司令官に就いた。翌1952年(昭和27年)4月28日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効とともに、連合国軍最高司令官総司令部は活動を停止した。
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連合国軍最高司令官総司令部は、イギリス、アメリカ、中華民国、ソビエト連邦、カナダなど連合国各国の軍隊から派遣された最大43万人を統括した。日本の占領方式は、連合国軍最高司令官総司令部の指令を日本政府が実施する間接統治の形式が採られた(ただし、日本政府に外交権はない。またGHQの要望の全てを日本政府がのんだわけではない。またGHQは天皇ではなく政府に介入することで政策を実行していた。)また信託統治が行われていたのは現在の沖縄である。具体的には、連合国軍最高司令官総司令部の指示・命令を受けて、日本政府が、日本の政治機構をそのまま利用して占領政策を実施するものである。連合国軍最高司令官総司令部の命令の多くは、1945年(昭和20年)9月20日に出された勅令「「ポツダム宣言」の受諾に伴い発する命令に関する件」(昭和20年勅令第542号)に基づいて出された勅令、いわゆるポツダム命令(ポツダム勅令。日本国憲法施行後はポツダム政令)の形で公布・施行された。
1946年(昭和21年)2月には政策決定の最高機関として各国代表による極東委員会(FEC)が、同年4月には最高司令官の諮問機関として対日理事会(ACJ)が設置された。しかし、実質は最大の人員を派遣し、また最高司令官を出していたアメリカが最も強い影響力を持ち続けた。
連合国軍最高司令官総司令部は、まず軍隊を解体し、思想、信仰、集会及び言論の自由を制限していたあらゆる法令の廃止、内務大臣の罷免、特別高等警察の廃止、政治犯の即時釈放など、いわゆる「自由の指令」を出した。さらに、政治の民主化、政教分離などを徹底するため大日本帝国憲法の改正を指示し、財閥解体、農地解放などを指示した。